伊那市西箕輪羽広で410年続く伝統行事「羽広の獅子舞」が、15日に仲仙寺に奉納されました。
雌雄一対の獅子頭による舞い合わせが特徴。刀を振るう「剣の舞」や頭を上下に激しく振りかざす「悪魔祓(ばらい)の舞」などを繰り広げました。
新型コロナの影響で、3年連続で規模を縮小して行われました。また、奉納後に地区の各戸を回って舞を披露するのが習わしだが、新型コロナの影響により三年連続で中止となっています。
午前9時、雄獅子と雌獅子による舞が始まりました。
ゆったりと両手を広げて舞う「肇ちょう国こくの舞」です。
羽広獅子舞保存会によりますと、この舞を仲仙寺で披露するのは初めてだということです。
ほかにも剣を使い悪魔を打ち払う「剣つるぎの舞」など、6つの舞が披露されました。
羽広の獅子舞は市の無形民俗文化財に指定されていて、羽広区の住民でつくる羽広獅子舞保存会が受け継いでいます。
羽広獅子舞 剣の舞
羽広地区に古くから伝わる小正月の伝統行事です。
口を閉じている雄獅子と、口を開いている雌獅子の2頭による舞い合わせが最大の特色で、雄・雌の獅子が一緒に舞う獅子舞は全国でも稀有のものと云われています。
また、舞方、囃方(笛・太鼓)とも雄・雌で異なり、それぞれ別のお囃子に合わせて舞う独特のものです。雄は勇壮活発に、雌は優しく静粛に舞うとされています。
舞は、まず双方で四方の天地を押し開く「肇国の舞」にはじまり、悪魔を打ち払う「剣の舞」、御幣と錫杖で豊作を祈る「豊穣の舞」、御幣を持って子孫繁栄を祈る「子宝の舞」と続き、最後に獅子頭を持って口を開け閉めさせる「悪魔払いの舞」の5つから構成されています。この5つの舞を総称して「阿吽の舞」と呼びます。
また、こけら落しなど、仲仙寺の特別な慶事の祭には、5つの舞のほかに「鍾馗」が現れて獅子を取り押さえるところも加えられます。
羽広の獅子舞の縁起については定かではありませんが、次の2つの説があります。
(説1)
今から約400年ほど昔の慶長年間(江戸時代初期)、当時の飯田城主であった小笠原兵部太輔秀政は、戦国の乱世の時代に織田信長の兵火に遭い、衰える一方となっていた養麓山晋光寺(現在の羽広仲仙寺)を再建した。そして、その祝いに観音堂で伊勢神宮の「大内神楽の獅子舞」を舞わせたのが羽広の獅子舞の始まりである。
(説2)
安永2年(1778年)、仲仙寺に観音堂が再建された際、その棟梁であった近藤甚平重安が、獅子舞の舞方・囃子方を教え、それが現在まで伝承されてきた。
午前6時頃
羽広公民館に集合(羽広獅子舞保存会員(全戸)のうち40名)。羽広神社、道祖神に「悪魔払いの舞(略式)」を奉納しながら仲仙寺へ移動。
午前7時頃
仲仙寺客殿にて雄・雌2頭の舞合わせによる「阿吽の舞」を披露(所要時間:約15分)
午前7時30分
雄・雌二手に分かれ、それぞれ20軒ほど区内の家を廻り「五穀豊穣」「家内安全」などの願いを込めた舞を披露する。
※門付けは各戸の順番がきめられており、ほぼ5年で区内を一巡する。また、慣例により、仲仙寺観音堂より南側を雄獅子が、北側を雌獅子が廻ることになっている。
お問い合わせ
伊那市役所 総務部 秘書広報課
電話:0265-78-4111(内線2131 2132)
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